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召使いな君と(光俄)



 部屋に入るや否や、俄雨はぎゃあと短く悲鳴を上げた。それは私の部屋の惨状を見ての悲鳴だったのか、入り口付近に転がっていた空き缶を踏んづけて転んだ時の悲鳴だったのか。綺麗好きの彼のことだから、きっと前者なのだろう。それでも先日の雪見先輩宅のように、汚いとは喚かない彼のかわいい配慮に愛しさを覚えた。
 なかなか起き上がらない彼の名をゆっくり呼んで、目の前に手を差し出した。俄雨はその手に気付くと、感謝の言葉と共に私の手をとり立ち上がる。軽くほこりを払ってやれば、俄雨は破顔してありがとうございますと再び礼を零した。どうしましてと返すと私の背後の部屋のちらかりようが目に入ったのか、苦虫を噛み潰したような顔になる。こういう彼の素直なところは、とても好ましい。

「雷光さん」
「うん?」
「……ごめんなさい」

 さすがにここまで散らかせば怒られると思ったのだけれど、俄雨は何故かぼそりと謝った。問い返す間もなく彼は、片付けますね!と無駄に元気な声を出してごみの部屋と突き進んでいった。足の踏み場もないその部屋と格闘する俄雨のその背を、私は見守る。
 手伝うと邪魔になるのは経験上理解しているので、手持ち無沙汰になった私は先ほどの俄雨の言葉を反復させた。本来私が使うべきその謝罪の言葉を、何故俄雨はつぶやいたのだろう。答がでるはずもない疑問を頭の中で泳がせていると、視界の先で俄雨がまた悲鳴を上げた。虫でも見つけたのか、俄雨は狭い私の部屋をあちらこちらと駆け回る。ゴミの山の中で目標を仕留めた達成感に満ちた彼の顔を見ると、数日前まで私が殺風景だったこの部屋に一人で居たのが遥か遠い昔のように思えた。

 ようやく床が見えてきたところで、私は俄雨をお茶に誘った。一瞬笑顔を見せたものの、まだ汚い部屋が納得いかないのか渋る彼に、じゃあ私が2杯飲むことにするよと湯気立つ2つの紅茶を指差す。慌てて席に座る俄雨に蜂蜜を差し出した。今朝買ってきたばかりの私たち共通の好物のそれに、俄雨はきらきらと目を輝かせる。

「俄雨の快気祝いに和穂さんからクッキーを頂いたんだよ。お食べ」
「あ、ありがとうございます!」

 蜂蜜をたっぷり入れた紅茶を楽しんでいる俄雨の前にクッキーを並べてやる。予定していた準備をすべて終え俄雨の向かいに座ると、彼は憂い顔で紅茶を眺めていた。紅茶を淹れるのはいつも俄雨の役目だった。彼の紅茶はいつも香り高く美味しいけれど、同じ茶葉を使っても付け焼刃の私の淹れ方では味気ないのかもしれない。

「……やはり、私の腕では俄雨は満足できないかな」
「えっ?い、いえ!そんなことは!とてもおいしいです!」
「では、」
「あ、あの、何から何まで雷光さんに準備させてしまって……」

 ごめんなさいと俄雨はまた謝った。耳がついていたら確実に垂れているだろうその落ち込みようとその言葉で、先ほどの謝罪の意味がようやくわかった。馬鹿な子だ。俄雨は召使いなどではないのに。隠の世での関係性は確かに主従かもしれないが、私は俄雨のことを都合のいい下僕だと思ったことなどないのに。今まで掃除できなくてごめんなさい、などと謝る必要がどこにあるのか。

「……俄雨」
「は、はい」

 俄雨が自分の価値を”身の回りの世話をできる人間”ぐらいにしか思ってないとしたら、それは由々しき事態だ。自分を卑下する傾向にあるとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。私としては、何をしなくとも隣に居てくれるだけで十分だというのに。今までそれを伝えずに、俄雨に甘えてきたつけが回ってきたのかもしれない。

「俄雨、私はね、お前と出会う前では、ここで一人で暮らしていたんだよ」
「はい、あの日、僕はここに招いて頂きました」
「そうだね。昔は、一人でも、暮らせていたんだよ」
「……?」

 首をこてんと傾げて俄雨は不思議そうな顔をする。しばらく黙った後、さぁと顔を青くなったのを見て、お前が邪魔だといってるわけではないよ、としっかりフォローをいれておく。案の定ほっと胸を撫で下ろしていたので、俄雨の中にある召使精神はかなり奥底から存在していることがわかった。私たちには課題が山ほどあるが、まずはこれを振り払うことから始めよう。恩を感じて尽くしてくれるのは嬉しいが、それとこれとは別問題だ。私も反省しなければ。

「俄雨がここに来たその日、私がまだ一人だったその日、この部屋は汚かったかい?」
「いえ、とても綺麗だったと記憶しています」
「それが答えだよ」

 こたえ、と拙く繰り返して俄雨は考え込んだ。真剣に答えを探しているようだが、頭には疑問符が増えるばかりだ。今の俄雨に私が、毎日掃除機を片手に訪ねてくるその姿や、ひとつ上の階から飛んでくるその声に、どれほど喜びを感じていたのかを説明しても無意味だろう。逆に私がだらしなくなったのは自分のせいだと勘違いしてしまうかもしれない。まあ、あながち間違いではないのだが。俄雨の声を聞きたいがために子供のようなことを繰り返して、今の私が出来てしまったのだから。

「掃除はあとどれくらいかかりそうだい?」
「えーと、6時ぐらいには終わるかと。晩御飯をご一緒させて頂いたら、今日はそのままお暇しますね」

 口実に、と思いおもいっきり汚したつもりだったのだけれど、どうやら俄雨の手にかかればあの程度の部屋では足止めにはならないらしい。どうしたものか、と私は視線を動かしていると、サイドテーブルの隅に置かれた小麦粉の袋が目に入った。賞味期限が切れたので隅においやっていたのだが、どうやら俄雨は気付いていないようだ。よし、今日の犠牲者はあの小麦粉にしようと私はターゲットを決める。期限を切れたものを使用して俄雨がお腹を壊しては大変だし、サイドテーブルの下はカーペットなので掃除も大変そうだ。俄雨は凝り性なので、徹底的に掃除するはずだ。

「俄雨」
「はい、雷光さん」
「私が素直に言える日まで待ってておくれ」

 俄雨は先ほどのこたえの件だと思ったのか、従順に返事をした。いつまでも待ちます、と素敵な言葉と満面の笑みを添えて。私が俄雨の希望するそれを素直に言えるようになっている頃には、きっと俄雨も自分の価値をわかってくれているのだろう。わかって貰えるようにこれからふたりで、柔らかい日々を過ごしていくのだ。そうして俄雨が理解したその時には私は小賢しい方法を使わずとも、泊まっておいき、と愛しい彼を誘うこともできるようになっているのだろう。











雷光さん確実に一人暮らしの時期があったはずなのにあんな四コマの惨状でよく生活できてたね!あ逆か!もしかして俄雨がいるからああなったのか!と妄想の結果です 
雷光さん一人でも気を張れば生きていけるけど俄雨がいないととても息苦しいといいです

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