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たまには笑え

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遺された半分(雪見と俄雨)

(アニメED後)






「雪見さんのばーーーかっ!!!!」



 新居のチャイムが鳴った。見知った懐かしい顔が、ドアから現れた。ほとんど反射でドアを閉めようとすると、黒髪の少年に隙間から小さな何かをおもいっきり投げつけられる。頭に当たり破裂したそれは白い煙を辺りに撒き散らした。思わず口を覆うが、火薬などの薬物の匂いはまったくしなかった。

「ばか、馬鹿、バカ!!!」

 冷静に分析している間に、第二撃が飛んできた。それを避けながら観察していると、ただの水風船に小麦粉を込めただけの玩具だということがわかる。投げただけで破裂するように細工しているのだろう。煙幕、と呼ぶには粗末なそれは、大して視界を悪くさせることもなく雪見の新居の玄関を真っ白に染めた。


「雪見さんのバカ!!」
「おい、とりあえず、落ち着け」
「何が一番大事かなんて、本当はわかってたくせに!!」


 涙が舞った、と思ったと同時にまた風船が顔面に投げつけられる。勢いよく破裂した小麦粉にげほげほとむせてる間も、風船も罵倒も止まらなかった。拙い、幼稚な罵倒だった。時折混ぜられる本音が浮くほどに。目をこすりながらようやく視界が開けると、やはり涙が舞っていた。 あの事件の後でさえ泣かなかった彼が、涙で瞳を歪ませていた。 ああ、美しいな、と思った。泣いてもやれない自分よりよっぽど。

「ばかです。もっと、話し合うべきだったのに。ばか。馬鹿です」
「……ああ」
「ばか」

 投げるものがなくなったのか、彼は振り上げた両手を拳にして振り下ろしてきた。気持ちばかりの煙幕は、彼の泣き顔をちっとも隠してくれやしない。俺は彼の両の拳を受け止める。予想通り力なく落とされたそれは俺の胸にぽすりと触れて、彼の頭も肩に倒れこんできた。触れた箇所から震えが伝わる。嗚咽交じりの彼の罵倒と本音は、俺の胸をひどく抉ってくる。


「あなたが守りたかったものは、なんだったんですか」


 ゆきみさん、と俺の名を呼んだ俄雨の声はひどく掠れていて、漏れる嗚咽のほうが大きく響くほどだった。見栄や自衛や自尊心やなどといったくだらないものを中途半端に守ろうとした俺には、厳しい問いだった。答えがわかってるものをはぐらかすこともできず、自嘲気味に笑えば彼はまたひとつ罵倒を漏らした。足元に散らばる残骸がひどく痛々しかった。量販店で買えるもので作られたそれは、隠の世に染まりきれなかった、表の世の少年の証だった。


「わかっていた、はずでしょう、ばか」


 彼は消えそうな罵倒を最後に黙り込んだ。俄雨は、待っているのだ。自分が俺に向けた言葉を誰かがぶつけてくるのを。俄雨の言葉は、俺に向けられたものではない。
 あの事件の後生き延びてしまった俄雨は、誰よりも後悔し自分を責めただろう。だが俺たちは誰も俄雨のことを責めなかった。俄雨もそれを表にださなかった。だせなかった。こいつは聡い子供だから、自分が何故責められないのか、遺された自分がなにをすべきなのか理解ってしまっていた。

「俄雨」

 俺だって責めることでこいつが少しは楽になれるというのなら引き受けてやってもいい。けれどこいつは違うのだ。約束をふいにした代償に命すら覚悟した生真面目なこいつが、楽になることを望んでいるわけがない。襟から覗く大きな傷跡の上を、涙がすべり落ちていく。嗚呼、最後に会ったこいつは、笑っていたのに。救われた二つの生を、同い年の儚い子供の生を喜ぶように、自分の生に感謝するように。ピンクの髪をしたあいつが、戦地に向かった理由を本心から理解しているように。


「――いこうさん」


 小さく鼓膜を揺らしたその音は、どの言葉よりも心を抉った。一度だけ癖の強い髪をなでてやると、俄雨は大きな声をあげて泣き喚いた。俄雨の唯一だったその音を叫ぶ。名前を、呼ぶ。俺には返事ができない名を、もう誰も返事をしないその名を。俄雨は何度も何度も繰り返し喚いた。悲痛な泣き声を受けて、悟る。俄雨はなにも言わなかったが、俄雨が一番大事だった彼と引き換えに救った子供は、消えてしまったのだと。隠の世に貪られ、なにも遺さずに。彼と、同じように。
 わかっていた。俺たちは、それがくることをわかっていたはずだったのだ。それでもようやく泣いた俄雨を見て、宵風がもうこの世にいないということを、痛いほど実感させられた。









彼が遺したかったものを理解している俄雨は、後を追うこともゆるされません。

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